Dec 11, 2019

Lascia la spina (2021.04、2022.11 追記あり)

今回のエントリーはヘンデルの楽曲「Lascia la spina」の歌詞について書いている。
Handel - Lascia la spina cogli la rosa - Cecilia Bartoli youtube
https://youtu.be/hHrfSV4NmIc

個人的な解釈の羅列で、学究的で信頼性の高い内容とは無縁なので、予めお断りしておく。
正直、アップしたものかどうか迷ったんだけど、せっかく書いたんだし、と思ってアップしている。間違いを書いてるかもしれない。

ヘンデルの曲に「私を泣かせてください(Lascia ch'io pianga)」というのがある。
オペラ『リナルド』のなかのアリアで、youtubeでも検索したらヒットする。
ヘンデルはこの曲のメロディを3回使いまわしているという。
wikipediaから引用する。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%81%E3%82%92%E6%B3%A3%E3%81%8B%E3%81%9B%E3%81%A6%E3%81%8F%E3%81%A0%E3%81%95%E3%81%84

このアリアのオリジナルの旋律は、ヘンデルの1705年のオペラ『アルミーラ』の第3幕にサラバンドとして使用されたのが初出である。
3年後、ヘンデルはこの旋律を再使用する。1707年のオラトリオ『時と悟りの勝利』(Il trionfo del tempo e del disinganno)(後に『時と真理の勝利』Il trionfo del tempo e della veritaの題で改作) の第2部のピアチェーレのアリアに使用したのである。このアリアは "Lascia la spina" と題されクリュザンダーの楽譜では24巻の76頁にこのアリアを見ることができる。1711年にヘンデルはまた旋律の再使用をする。それがオペラ『リナルド』第2幕でのアルミレーナのアリアである。この作品が最も成功をおさめた。

「時と真理の勝利」はNAXOSからライブ録音盤が出ていて(https://ml.naxos.jp/album/8.554440-42)僕は10数年前に入手した。たぶん、当時はまだ盛況だった岡山のタワーレコードあたりで、なんとなく3枚組CDで安いのが目に付いたので買ったような記憶がある。ロックばかりじゃなくクラシックもあれこれ聴いてみようと思っていた頃で手に取りやすかった。

さて聴いてみた音楽自体は退屈で(失礼)まいったなあと思った。3時間、延々と似たような音調で起伏が少ない室内楽?と歌が続く。意味も分からないから、なおのこと面白くない。中古屋に売ろうかなとも思ったが、これは変なレコードで、観客や演者がたてる雑音や演奏ミス?と思われる音が非常に多くて(実際、パッケージに断り書きが書いてある)、演奏が進むに連れて演者や観客達が中だるみしていく様がなんとなく聴き取れてしまう。終盤には、ああ、もうちょっとで終わる、頑張ろう!という感じで演者も盛り返していく感じがして、それにつれてか観客?も多少はしゃんとしている様子らしく、そういうのが面白く感じられて、なんとなく捨てずに来ている。
それどころか、なぜか2セット持っている。
いや、なぜかじゃなくて、たしか、それこそ中古屋で輸入盤が安く売られていたので手元の国内盤と違いがあるかどうかと思って買ったのだ。ふつう3枚組を、安いとはいえ、そんな理由では買わない。おかしいよね。
録音もいいとは言えないし、珍盤奇盤とまでは言わないが、人には薦められないマニアックな音源だ。

2022.11.14. 追記。
録音は、いいとは言えない、とは言えないのではないかと思うようになった。
環境雑音は多いし、一般的でメジャーなクラシックの優秀録音と言われるような、楽器の音像がくっきりして隙間の見通しがいい、情報量を捉えやすい音とは明らかに異なるのだけど、その場の音の雰囲気をよく捕えている。
民族音楽の現地録音のような生々しさ、不思議な熱がある。商業録音っぽくない。
こういう音は、捨て難い魅力があると思う。
というか、大げさに言うと僕は多分、こういう録音には特別席を献呈すべきだと思っている。これはそういう音源なのだ。
Lascia la spina があったからCDを手放さなかったとか書いているが、今聴くと他の曲もいい。音が良くなったからそう思うのかもしれない。

最近気がついたんだけど、僕は変な音源が好きらしい。ちゃんとしてるよりは、してないほうが面白いと思うようなのだ。水琴窟のCDを入手したんだけど、ポチャン、ポチャンいってる傍らを自動車が走っていく音がするのを家族に聴かせたりして嫌がられている。まあそれは、今回のエントリーとは関係ないのだけど。

そんな感じのオラトリオの中で、唯一、突出し浮いている曲が件の「Lascia la spina」だった。曲名は「棘を抜いて」とNAXOS国内盤では訳されている。このトラックにはちょっと問題があるんだけど、ここでは触れない。それでも、このCDを中古屋に売らなかったのは、この曲があったからというのもある。ヘンデルが3回使いまわした気持ちはわかる。
wikipediaから、歌詞を引用。
Lascia ch'io pianga のページに書いてある。

https://en.wikipedia.org/wiki/Lascia_ch'io_pianga

Lascia la spina, cogli la rosa;
tu vai cercando il tuo dolor.
Canuta brina per mano ascosa,
giungera quando nol crede il cuor.

Lascia ch'io pianga より Lascia la spina のほうが、メロディと歌詞の響きが調和しているように感じる。
上記の歌詞をGoogle翻訳にかけてみた結果が下記。
ちょっと改行している。英語訳と日本語訳。

Leave the plug, pick the rose.
you go looking for your pain.
Glorious hoarfrost at hand, it will come when the heart does not believe.

プラグを残して、バラを選びます。
あなたはあなたの痛みを探しに行きます。
手元にある輝かしい霜、それは心が信じない時に来るでしょう。

ここはオーディオのブログだけどプラグはないだろうと思う。Googleにとって難しいのかな、これ。
ネット上を検索したら、いくつかこの歌に触れているサイトがある。「若さに満ちた美しい時間を、バラを摘んで過ごしなさい」という意味だという話が書いてある。

http://akihitosuzuki.hatenadiary.jp/entry/2009/05/21/112802
https://blog.goo.ne.jp/cachaca5151/e/9e416516c78d87401b4fe42a84268e75
https://www.nicovideo.jp/watch/nm18522503
https://research.piano.or.jp/series/arange/2017/03/002_1.html

リンク先のページを参考にして、つなぎ合わせて作った訳が、こんな感じかな。

棘は気にしないで、バラを摘みなさい
お前は探しているが、苦しみばかり見つけている
心からそれを信じない時は、思いがけず白い霜がやってくるだろう

NAXOSのサイトに英訳があった。
https://www.naxos.com/catalogue/item.asp?item_code=8.554440-42
https://www.naxos.com/mainsite/blurbs_reviews.asp?item_code=8.554440-42&catNum=554440&filetype=About%20this%20Recording&language=English#
というか、このページはオラトリオの筋立てと全ての歌の内容を網羅している。これはCDのブックレットに記載してある内容そのもののようだ。
歌詞が英文に翻訳されているので、話の流れや歌の内容を類推することもできる。
NAXOSによる英訳と、それをGoogleで日本語翻訳したのを以下に引用。

Leave the thorn,
Pluck the rose.
You go seeking
Your own sorrow.

White hoarfrost
Stealthily
Will come to you
When the heart least expects.

棘を残して
バラを摘みます。
あなたはあなた自身の悲しみを求めに行きます。

白い霜
こっそり
あなたに来ます
心が最も期待しないとき。

どういう意味なんだろうね、、、

オラトリオ「時と真理の勝利」は、美(Bellezza = Beauty)、快楽(Piacere = Pleasure)、時(Tempo = Time)、悟り(Disinganno = Disillusion)というキャラクター達が、誰が一番価値があるのか競うという寓話。最後は美が悔い改めて時と悟りが優位に立つ(こんなん書いても、わけがわからんね)。
このエントリーで記載していることって、Googleの翻訳機能を駆使して調べたことだ。翻訳機能、すごいね。このCDを入手した当時はCDブックレットの英文を読み込む根気もなかったから、こういうことが全く分からなかった。実は今回、初めてオラトリオのあらすじを知った。

Lascia la spina を歌うキャラクターは「快楽」だ。
どんな場面で歌っているかというと、共にいた「美」が悔い改めて「時」と「悟り」のもとに行こうとする場面で。
最終的に快楽は、偽りを糧にしか生きられないと歌いフェイドアウトする。

つまり「Lascia la spina」はこのオラトリオ的には不道徳な歌なのだ。
終盤、悔い改めた「美」が「E mentre io getto i fior, dammi le spine.」と歌うシーンがある。訳は「And while I cast aside the flowers, give me the thorns.」「そして、私が花を脇に投げている間に棘をください」。
改心しない快楽が歌うのが「棘を避けてバラを摘みなさい」という歌で、これに対し改心した美は「花を脇に投げて棘をください」と歌うわけだ。
なるほど、オラトリオのテーマ的に、Lascia la spina は観客に聞き流されたら困る内容を含んでる曲なんだね。これが心に刺さるほど、後で美が改心して歌う内容に気付きやすいかな。

聖書にはパウロの体に刺さった棘について記載があるそうだ。コリント人への第二の手紙 12:7 「そこで、高慢にならないように、わたしの肉体に一つの棘が与えられた。それは、高慢にならないように、わたしを打つサタンの使なのである」。これが「spina」なのかどうかは、突っ込んで調べてないので分からないけど。

しかし、僕みたいに「Lascia la spina」以外は退屈、などと言う不道徳な観客は、下手したら棘を避けてバラを摘みなさいというメッセージだけ受け取って帰宅するなどという事態になるのではないか。それはヘンデルの本意なのかどうか、どうなんだろう。

2021.04.13. 追記。
書き忘れていたんだけど、このオラトリオには「Lascia la spina」が2箇所にある。
NAXOSのデータベースから参考に引用。

ヘンデル:オラトリオ「時と真理の勝利」(ユンゲ・カントライ/フランクフルト・バロック管/マルティーニ)
https://ml.naxos.jp/album/8.554440-42

Disc 3

1. Part lll: Sinfonia: Andante, Da Capo.
2. Part lll: Recitative: Presso la Reggia ove ‘l Piacere risiede (Bellezza, Disinganno)
3. Part lll: Aria: Lascia la Spina (Piacere)
4. Part lll: Sarabande - Improvisation for Two Harpsichords (Almira, Hamburg 1704, HWV 1/4)
5. Part lll: Aria - Sarabande (II Trionfo del Tempo e del Disinganno, Rome 1707, HWV 46a/23), (Piacere)
(以下略)

CD3枚目の3曲目に「Lascia la Spina」があるが、これは同名異曲でメロディが全く違っていて、すごく軽薄な曲調だ。
5曲目の「Aria - Sarabande」が、このエントリーで取り上げた曲。歌詞は3曲目と同じだ。
曲だけ変えて、同じ歌詞を殆ど続けるように、同じキャラクター「快楽」が歌うのは含意があるんだろうけど、ここでは深入りしないでおく。

2023.10.08. 追記。
上記、同じ歌詞で違う曲が、ということだけど、
これは3曲目の「Lascia la Spina」が、「Il Trionfo del Tempo e della Verità (HWV 46b)」、つまり、このCDで取り上げた、ヘンデルによる1737年の改訂改題版の曲で、5曲目は「Il Trionfo del Tempo e del Disinganno (HWV 46a)」、1707年に作られた初版で使われた「Lascia la Spina」、ということだ。

初版は「時と悟りの勝利」というタイトルだった。
改訂後、「時と真理の勝利」に改題されている。
今更、初めて気付いたので、訂正する。

たぶん、1711年初演の「リナルド」の「私を泣かせてください(Lascia ch'io pianga)」が有名になってしまったので、改訂に当たって同じ曲では良くないと思って別の曲にしたのだろう。1757年には英語版が作られているのだけど、ここでは3曲目のLascia la Spina、つまり新しい方が使われている。

この曲の歌詞を調べてみて、訳の解釈は簡単ではないと知った。

Lascia la spina, cogli la rosa;
tu vai cercando il tuo dolor.
Canuta brina per mano ascosa,
giungera quando nol crede il cuor.

歌い始めの「Lascia」。Lascia ch'io pianga は「私を泣かせてください」と訳される。英語で「Let me cry」。名曲あるよね、Let it be、Let it go、、、
つまり、力が及ばない物事について、諦めて成り行きに任せる、という意味を含む。「泣かずにいられない私を、そっとしておいてください」というニュアンスかな。つまり、Lascia la spina は、棘について成り行き任せという解釈。棘を避けるという、人の意図が含まれるより、棘を気にしないで、つまり刺さろうがどうなろうが気にしないでバラを摘め、という意味合い。
そもそも「Cogli la rosa e lascia la spina」という諺があるそうだ。「物事はまず最良のものを目標とすべきだ」という意味とネット上にはある。
この諺の前後を入れ替えて歌詞にした意図は何だろう。聞き手の注意を引きたいというのはあろうけど、多分「棘」を強調したかったんだと思う。バラを摘みたければ棘を気にしてはいけない、ということ。

2行目は、ここまでで上がっている他のサイトの訳でも解釈が別れている。
「お前は探しているが、苦しみばかり見つけている」
「あなたはあなた自身の悲しみを求めに行きます」
上の訳だと、バラを探しているけど棘ばかり掴んでいる、という意味になる。
下の訳だと、バラを掴んだときに顧みなかった傷(棘)を探しに行く、という意味合いになる。これは現代的に過ぎるかな、、、

3、4行目は解釈が難しいみたい。
あちこちネット上に上がっている訳を列挙してみる。
「手元にある輝かしい霜、それは心が信じない時に来るでしょう」
「心からそれを信じない時は、思いがけず白い霜がやってくるだろう」
「白い霜 こっそり あなたに来ます 心が最も期待しないとき」
文脈を汲み取って、訳していくしかないのかな。
2行目をどう解釈するかでも、文脈が違ってくる。
白い霜は年を取ることを表すらしい。mano ascosa がわかりにくい。mano は手、ascosa は隠されているという意味らしいが?

この際、全体を我流で訳してみよう。

バラを摘むときには 棘を気にしたりしない
あなたは知ろうとする 自らの痛みの意味を
見えない手が白い霜を いつしか知らぬ間に
あなたのもとに 心が何も信じられなくなったとき

実はこれは、いろいろ調べる前に考えた訳詞。
この歌を「快楽」が歌っていると気付かず、オラトリオのストーリーも知らないままに訳したら、こんな感じになった。だから、若さとか年を取ることとかオラトリオのテーマなんだけど、そういう含意への配慮もない。
だから、かなり現代的だと思う。2行目も現代的な解釈を選んでいる。

今回、いろいろ調べるうちに、それではオラトリオのストーリーと合わないと分かった。
筋立てに沿った訳にしてみよう、、、

棘には触れずに バラを摘みなさい
探しても 見つかるのは苦しみばかり
見えない手が白い霜を いつしか知らぬ間に
あなたのもとに 心が夢みることを止める頃に

2行目を筋立てに沿って「快楽」が歌うのに似つかわしい感じに。合わせて4行目の表現も変えてみた。NAXOSの訳詞で使われている「expect」は「期待する」という意味なんだけど、かなり意訳してる。
「快楽」から「美」を奪う「悟り」はDisinganno = Disillusion、訳すと「幻滅」。ひどい訳語だけど、幻想を捨てるという意味。「快楽」は偽りを糧にして生きるキャラクターなので、幻想を捨ててはいけないんだね。「目に付くバラを摘んでいればいい、探そうとしても見つかるのは苦しみばかり。気付いたら霜で凍りついて(年取って白髪になって)夢みることもなくなっている」という感じかな。

なるほど、こんな辛気臭い歌はヒットしないだろうな。
たぶんヘンデルは惜しいと思ってリナルドで使ったのだろう。
しかし時代が変わって現代となっては、独立した歌として歌われるほうが一般的になっているようで、歌詞の解釈はオラトリオの筋立てに縛られなくなっている。もともと意味不明で多様な解釈を許すようなので、むしろ昔よりも時節を選ばずに歌われやすくなっていると思う。
こういうのは時の勝利なのだろうか。

いろいろと書いたけど、果たして実際に訳詞として成立してるかどうかが分からない。
そういう意味ではエントリーにしていいものかどうか迷ったんだけど、資料のメモとしてアップすることにした。
どこかに書いておかないと、ネット上のどこに何が書いてあったか忘れてしまう。これも時の勝利なのか、、、

Edit this entry...

wikieditish message: Ready to edit this entry.
















A quick preview will be rendered here when you click "Preview" button.