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Feb 23, 2026
Frankfurt Baroque Orchestra の Handel: Trionfo Del Tempo E Della Verita (Il) には変な音がいっぱい
最近、Petit Susie 、Yuho式アクティブアース、あれこれ扱ううちに、ずいぶん音が変わったと思う。
音場が広がり、見えてなかった部分が見えるようになった。
Walter Tilgner の小鳥の定位も、以前より安定している。
結果、384/32 アップサンプリングの音質は、44.1/16 を再び引き離した。
微小な部分での情報量が僅かに違ってくる。
その僅かな違いが、音源によっては音楽の表現に大きな差を産んでしまう。
うちの再生環境では、ハイレゾに意味があるということだ。そして良質なアップサンプリングにも。
高性能なクロックと電源で音源データからDACまで全ての経路を固めるような低ジッター弩級システムなら差が生まれないのかも分からないが、うちはそこまでのことは出来ないので、44.1 は高品質なアップサンプリングで高音質化しようと思う。
と言っても、ロスレス 44.1も相当良くなっている。
普段聴く分には全く支障ないレベルで、前のエントリーでも書いたが、たぶんブラインドで 384 と聴き分けろと言われたら、ちょっと自信がない。聴き慣れた音源なら、分かるかもしれない。それほどのレベルになっている。
だったらアップサンプリングは要らないのではないか、と言われたら、そういう断捨離もありかもしれない(僕はしないが)と評価するぐらいの音は出るようになった。
だから、意外に以前よりも頻繁に 44.1 を使う。
使う理由は、なんとなく、だったりするが。
ちょっと横道にそれるけど、44.1 は 384 よりもデジタルノイズに弱いので、コントローラーとして使うノートPCは無線接続にして、操作するときだけ ncmpcpp を起こすとか LMS にアクセスするとか、ウインドウを閉じないならせめて使わないときはバックグラウンドに回すとか、そうした配慮が音質に直結するようだ。384 にも影響するけど、44.1 ほどではない。
そうこうする中で、今回のタイトルになっている音源の話。
これは、過去にアップした下記エントリーでも触れている。
Lascia la spina
http://blown-lei.net/endive/blosxom.cgi/audio_diary/20191211a.html
過去エントリーのタイトルにした曲、Lascia la spina、ヘンデルが3回、使いまわした名曲だ。
ストリーミング時代になり、いろんな人が歌っているのを聴いたが、個人的にはこの音源のが一番好きだ。他と比較して、かなりゆっくりなテンポで朗々と歌っている。
Youtube に動画としてアップされている。
Claron McFadden - Il Trionfo del Tempo e della Verita (the Triumph of Time and Truth), HWV 46b: Pt. Lll: Aria - Sarabande
https://www.youtube.com/watch?v=rY0uQD3zf7w
一番の問題は、曲名に「Lascia la spina」と入っていないことだ。「Aria - Sarabande」となっている。
上のYoutube動画のタイトルにも入っていない。CDのときからそうなっているのだけど、ストリーミング時代に、こんなでは誰もたどり着けない。検索に引っかからないではないか。なんということだろう。
横道にそれるが、今回も歌詞をグーグルに翻訳させてみよう。
6年以上も経ってるので、さすがグーグルも進歩している。以前より良い訳詞だ。
Lascia la spina, cogli la rosa;
tu vai cercando il tuo dolor.
Canuta brina per mano ascosa,
giungera quando nol crede il cuor.棘を捨て、バラを摘め。
あなたは自分の痛みを探し求める。
あなたの手に隠された白霜は、
あなたの心が信じられなくなった時にやってくる。
話を戻す。
この曲が収録されている音源、今回のタイトルになってるNAXOSの音源だ。
1998年5月末日、ドイツのエルトヴィレ・アム・ライン市にあるエーベルバッハ修道院でのライブ録音。
トータルで2時間59分、CD3枚組だ。
HANDEL: Trionfo del Tempo e della Verita (Il)
https://www.naxos.com/CatalogueDetail/?id=8.554440-42
https://www.naxos.com/MainSite/BlurbsReviews/?itemcode=8.554440-42&catnum=554440&filetype=AboutThisRecording&language=English
https://www.prestomusic.com/classical/products/7947727--handel-il-trionfo-del-tempo-e-della-verita-hwv46b
このオラトリオの音源には Lascia la spina が2つ収録されている。先に「HWV 46b」のものが、後に「HWV 46a」のものが演奏された。ヘンデルが改作する前と後を比較するという企画だったらしい。
改作前の 46a の方が、現在一般的となっている「Lascia la spina」だ。
46b のは歌詞は同じだが、メロディは全く別の曲だ。こっちの音源データには「Lascia la spina」と曲名が付いている。
コンサート全体としては HWV46b らしく、46a の Lascia la spina は、おまけ扱いなのかもしれない。
先のYoutube動画の説明には「Il Trionfo del Tempo e della Verita (The Triumph of Time and Truth) , HWV 46b: Part lll: Aria - Sarabande (II Trionfo del Tempo e del Disinganno, Rome 1707, HWV 46a/23) , (Piacere) · Claron McFadden」と、ある。
Lascia la spina の話ばかりが続いたけど、まあ、そういうライブ音源で、個人的には好きなタイプの良質な録音だと思ってるのだけど、一般的にはそうは言われない。というのは、余計な音がいろいろ入ってしまっているのだ。CDのパッケージにも断り書きが書いてある。
今回のエントリーは、それらの余計な音を書き出してみようという試みだ。
なんでそんな酔狂をしようと思ったのか。
前述したように、最近、オーディオの出音が変わった。そんなある日、僕はこの音源を聴いていた。
とつぜん、僕の近くの左前方で携帯電話が鳴る。
あれ、家族の携帯が鳴ってるのかな?でもおかしいな、こんな着信音、誰が使ってたっけ。
周りを見回しても、携帯はない。
しばし後に、気付く。音源に入っている音だと。
繰り返し音源再生してみると、たしかに同じ場所で、ピョピョと昔の携帯電話の音がする。だれかがマナーモードにするのを忘れて、コンサートの途中で携帯が鳴ったので慌てて手元に出して止めたのだろう。当時のことだからスマホではなくガラケーも未だ無い筈だ。それが、この音源にはレコードされている。
僕は過去に何回もこの音源を聴いていて、オーディオのチェックにすら使ってきた。そして、今になって初めて、そんな音が収録されていることに気が付いたということだ。
以前は、スピーカーの間で、他の楽音の間で聴こえていた音だった気がする。無意識にピッコロか何かの楽音の一部だと思い込んで、携帯電話の着信音だと気付かなかった(このたび確認したら、ピッコロはいない。管楽器はフルート、バスーン、ホルン、トランペットだ)。
それが、客席の位置、つまり僕のリスニングポイント近傍で鳴るようになったので、気付いたということだ。
気付いてしまえば、楽曲の中で楽器が奏でるフレーズとしては不自然だ。
そんな顛末を経て、僕はこの音源に集録されている雑音を、リスト化したいという気持ちになった。
そんなのおかしいよ、とか言うなかれ。
なにか意味があるに違いない。
と、思ってリッピング音源を効き始めたが、思った以上に、やたらいらない音が多い気がする。もともとそういう音源というイメージだったんだけど、それにしても多い。いつもそういうのを追いかけて聴いてるわけじゃないから気付いてなかったのが多いのだろう。
トラックによっては、やたらと何かがゴソゴソしてるというときもあって、逆にあんまり雑音が感じられないトラックもあり、時間によって差がある。
さて、以下に表にしていく。
CD番号、トラックNo、分秒、どんな音かと、その他メモ。
分秒の後に、大きい音は「L」、小さい音は「S」、簡単に聞こえるのは「E」、聞こえにくいのは「D」を付けている。但し適当でいい加減な評価だ。
| cd No. | track No. | min : sec | 聴こえ方 | 付記 |
| cd1 | 01 | 00:05 SD | ステージ方向で何かがゴトンという。 | |
| LE 00:37〜 01:06〜 etc. |
繰り返し、誰かが息継ぎする音が断続的に続く。 | これは、他のトラックでも目立つときは目立つようだが、このトラックが一番目立つ。上記の時間以外にもたびたび聞こえる。 | ||
| 02:15頃 SD | なにかざわざわする。 | |||
| 05:30 SE | 咳。 | |||
| 07:09 SE | ステージ方向で何かが、ピシ、ゴトン、という。 | |||
| 02 | 02:08 SD | 息継ぎ?、繰り返しある。 | コーラス 「そうまとめ、始まりましたかぁ」という空耳が聞ける。 |
|
| 02:34 頃 LD | 携帯電話の呼び出し音。ピョピョピョピョピョピョピョ(?)、とリスニングポイント近く左側で1秒間ぐらい聞こえる。 | ピョの回数は正確ではないかもしれない。 | ||
| 04 | 03:18 LD | 息継ぎ? | この後にも間欠的にみられる。聞こえにくいが前にもある。 | |
| 10 | 03:20前後 SD | 何かがゴトゴトいう。 | ||
| 12 | 00:12 頃 SE | 何かぐしゃぐしゃいう音。 | ||
| 13 | コーラス | |||
| 15 | 00:15以降 LE | ごそごそ音 | ||
| 05:24 SD | 右方、何かがガシャンという音、その後、ごそごそ | |||
| 05:42 SD | また何かあったような | |||
| 17 | SD | 小さな雑音が断続的に聞こえる。 | ||
| 01:36 SE | 何かがゴトンという。 | |||
| 20 | コーラス | |||
| cd2 | 01 | SE | 随所に息継ぎあり。 | |
| 02 | コーラス | |||
| 08 | 05:04 SE | 何かの音がする。 | ||
| 11 | 01:27 LD | コーラスに被るようにバシャ、という。 | コーラス | |
| 17 | 00:01 LE | 何かがゴトっという。 | ||
| 18 | 00:04 LE | 何ががゴソゴソいう。楽譜をめくるような感じか。 | ||
| 20 | 00:00〜20 SE | 何ががゴソゴソいう。 | ||
| 21 | 00:19 LE | ステージ右奥で何かゴトンという。 | ||
| 05:29 LE | 咳 | |||
| 23 | SE | ごそごそ騒がしい感じが続くトラック。 | ||
| 00:42 LE | 咳 | |||
| 24 | 00:00〜 SE | ごそごそ音がする。 | ||
| 25 | 00:00〜 SE | ごそごそ音がする。 | ||
| 01:23 SE | ざわざわなにかの音がする。 | |||
| 28 | 00:00〜 SE | ごそごそ音がする。 | ||
| 00:20 LE | なにかがパタっという。 | |||
| 29 | 03:46 SE | 曲の終わり、ガターン、という。 | ||
| 30 | 00:02 LE | ガタッという。前トラックからの続きか。 | ||
| 00:22 SE | ガタッという。 | |||
| 32 | コーラス | |||
| cd3 | 04 | SH 00:55 01:22~32 02:02~10 03:22~36 |
右寄り、ゴオオオ、、と低音が入る。 | 断続的に続いている感じ。 50~60Hz前後?か。トラックが走るような。何の音なのだろう。 |
| 03:01 SH | 何かがカラン、、という。 | |||
| 03:27 LE | 咳 | |||
| 05 | 00:25 LE | 発声練習?と思われる声が入る。 | HWV 46a の Lascia la spina。ふつうはステージ上で発声練習などしないと思うが、本編外の余興という位置付けだとしたら、そういう雰囲気もありかも。 | |
| 02:43 LE | パシャン、と何か異音が入る。 | |||
| 06 | 00:00~ SE | ごそごそ音が続く。 | ||
| 07 | 00:00~ SE | 咳払、ガサガサいうのが続く。 | ||
| 09 | 01:32 LE | 咳?にしては大きいような。何かが落ちたような音。 | ||
| 10 | 00:16~17 SD | なにかガタガタ、その後、ゴソゴソ音がする。 | ||
| 11 | SE 00:06 01:25 02:50 04:10 など |
随所でゴソゴソ、ガタガタする音が聞き取れる。 | ||
| 03:35 LE | 何かが起きたらしくガタタン!という音がする。 | |||
| 13 | 00:15 SE | 何かカサカサ音がする。 | ||
| 00:40 SE | 咳? | |||
| 02:09 SE 02:35 etc. |
右方で咳?の音、くりかえし。 | |||
| 14 | 00:07 SE | パタンという音。 | ||
| 00:11〜 SE | 咳?、いくつか連続する。 | |||
| 16 | 00:16 LE | ステージ奥?でゴトン!と音がする。 | ||
| 17 | SE 00:40 01:28 03:53 05:10 etc. |
ステージ方向で何か雑音。 | ||
| 18 | 00:17〜 SE | 暫くごそごそ雑音あり。 | コーラス隊が移動する音なのかも。中には声らしきようなのも聞こえる。 | |
| 04:30〜 LE | 咳がいくつか。 | |||
| 19 | コーラス エンディング、Alleluja. |
ざっとこんな感じ。
時間の表示は、多少のズレがあるかもしれない。
一般的なライブ録音によくある小さなノイズと判断したケースは記載していないものもけっこう多い。咳は迷ったけど、目立つもの、気になったものは記載したつもり。
まあ、どうなのかな。
ライブ録音ってこんなもんでしょうと、言って言えなくはないかな。
それにしても、やっぱり多い、かな。
しょっちゅうゴソゴソしている雰囲気なので、気に入らない人は気に入らないだろうという気はする。
Lascia la spina (46a) の発声練習だけど、昔は今よりも大きい声量で明瞭に聞こえていた。
今よりも狭い部屋で、CDプレーヤーを使っていた頃、20年以上前は、今の3倍ぐらいの音量で、右側の舞台袖で発声しているかのように聴こえていた。今も右側から聞こえるのは同じだが、音量が小さくなっている。右を向いて発声して反響音が響いている感じだろうか。
再生環境によって、聞こえ方はそれほどまでも変わる。
それぐらい変わっても、同じ音源で楽しむことはできる。オーディオが良くなって、昔よりもオラトリオ全体を音楽として楽しめるようになった。
明瞭に聞こえる雑音は増えた気がする。そこは良し悪しなのか。しかし雑音が明瞭に聞こえない昔のシステムでも、なんとなく演奏会場の雰囲気は聴き取れていた気がする。
今回はこんなところだ。
Dec 11, 2019
Lascia la spina (2021.04、2022.11 追記あり)
今回のエントリーはヘンデルの楽曲「Lascia la spina」の歌詞について書いている。
Handel - Lascia la spina cogli la rosa - Cecilia Bartoli youtube
https://youtu.be/hHrfSV4NmIc
個人的な解釈の羅列で、学究的で信頼性の高い内容とは無縁なので、予めお断りしておく。
正直、アップしたものかどうか迷ったんだけど、せっかく書いたんだし、と思ってアップしている。間違いを書いてるかもしれない。
ヘンデルの曲に「私を泣かせてください(Lascia ch'io pianga)」というのがある。
オペラ『リナルド』のなかのアリアで、youtubeでも検索したらヒットする。
ヘンデルはこの曲のメロディを3回使いまわしているという。
wikipediaから引用する。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%81%E3%82%92%E6%B3%A3%E3%81%8B%E3%81%9B%E3%81%A6%E3%81%8F%E3%81%A0%E3%81%95%E3%81%84
このアリアのオリジナルの旋律は、ヘンデルの1705年のオペラ『アルミーラ』の第3幕にサラバンドとして使用されたのが初出である。
3年後、ヘンデルはこの旋律を再使用する。1707年のオラトリオ『時と悟りの勝利』(Il trionfo del tempo e del disinganno)(後に『時と真理の勝利』Il trionfo del tempo e della veritaの題で改作) の第2部のピアチェーレのアリアに使用したのである。このアリアは "Lascia la spina" と題されクリュザンダーの楽譜では24巻の76頁にこのアリアを見ることができる。1711年にヘンデルはまた旋律の再使用をする。それがオペラ『リナルド』第2幕でのアルミレーナのアリアである。この作品が最も成功をおさめた。
「時と真理の勝利」はNAXOSからライブ録音盤が出ていて(https://ml.naxos.jp/album/8.554440-42)僕は10数年前に入手した。たぶん、当時はまだ盛況だった岡山のタワーレコードあたりで、なんとなく3枚組CDで安いのが目に付いたので買ったような記憶がある。ロックばかりじゃなくクラシックもあれこれ聴いてみようと思っていた頃で手に取りやすかった。
さて聴いてみた音楽自体は退屈で(失礼)まいったなあと思った。3時間、延々と似たような音調で起伏が少ない室内楽?と歌が続く。意味も分からないから、なおのこと面白くない。中古屋に売ろうかなとも思ったが、これは変なレコードで、観客や演者がたてる雑音や演奏ミス?と思われる音が非常に多くて(実際、パッケージに断り書きが書いてある)、演奏が進むに連れて演者や観客達が中だるみしていく様がなんとなく聴き取れてしまう。終盤には、ああ、もうちょっとで終わる、頑張ろう!という感じで演者も盛り返していく感じがして、それにつれてか観客?も多少はしゃんとしている様子らしく、そういうのが面白く感じられて、なんとなく捨てずに来ている。
それどころか、なぜか2セット持っている。
いや、なぜかじゃなくて、たしか、それこそ中古屋で輸入盤が安く売られていたので手元の国内盤と違いがあるかどうかと思って買ったのだ。ふつう3枚組を、安いとはいえ、そんな理由では買わない。おかしいよね。
録音もいいとは言えないし、珍盤奇盤とまでは言わないが、人には薦められないマニアックな音源だ。
2022.11.14. 追記。
録音は、いいとは言えない、とは言えないのではないかと思うようになった。
環境雑音は多いし、一般的でメジャーなクラシックの優秀録音と言われるような、楽器の音像がくっきりして隙間の見通しがいい、情報量を捉えやすい音とは明らかに異なるのだけど、その場の音の雰囲気をよく捕えている。
民族音楽の現地録音のような生々しさ、不思議な熱がある。商業録音っぽくない。
こういう音は、捨て難い魅力があると思う。
というか、大げさに言うと僕は多分、こういう録音には特別席を献呈すべきだと思っている。これはそういう音源なのだ。
Lascia la spina があったからCDを手放さなかったとか書いているが、今聴くと他の曲もいい。音が良くなったからそう思うのかもしれない。
最近気がついたんだけど、僕は変な音源が好きらしい。ちゃんとしてるよりは、してないほうが面白いと思うようなのだ。水琴窟のCDを入手したんだけど、ポチャン、ポチャンいってる傍らを自動車が走っていく音がするのを家族に聴かせたりして嫌がられている。まあそれは、今回のエントリーとは関係ないのだけど。
そんな感じのオラトリオの中で、唯一、突出し浮いている曲が件の「Lascia la spina」だった。曲名は「棘を抜いて」とNAXOS国内盤では訳されている。このトラックにはちょっと問題があるんだけど、ここでは触れない。それでも、このCDを中古屋に売らなかったのは、この曲があったからというのもある。ヘンデルが3回使いまわした気持ちはわかる。
wikipediaから、歌詞を引用。
Lascia ch'io pianga のページに書いてある。
https://en.wikipedia.org/wiki/Lascia_ch'io_pianga
Lascia la spina, cogli la rosa; tu vai cercando il tuo dolor. Canuta brina per mano ascosa, giungera quando nol crede il cuor.
Lascia ch'io pianga より Lascia la spina のほうが、メロディと歌詞の響きが調和しているように感じる。
上記の歌詞をGoogle翻訳にかけてみた結果が下記。
ちょっと改行している。英語訳と日本語訳。
Leave the plug, pick the rose.
you go looking for your pain.
Glorious hoarfrost at hand, it will come when the heart does not believe.
プラグを残して、バラを選びます。
あなたはあなたの痛みを探しに行きます。
手元にある輝かしい霜、それは心が信じない時に来るでしょう。
ここはオーディオのブログだけどプラグはないだろうと思う。Googleにとって難しいのかな、これ。
ネット上を検索したら、いくつかこの歌に触れているサイトがある。「若さに満ちた美しい時間を、バラを摘んで過ごしなさい」という意味だという話が書いてある。
http://akihitosuzuki.hatenadiary.jp/entry/2009/05/21/112802
https://blog.goo.ne.jp/cachaca5151/e/9e416516c78d87401b4fe42a84268e75
https://www.nicovideo.jp/watch/nm18522503
https://research.piano.or.jp/series/arange/2017/03/002_1.html
リンク先のページを参考にして、つなぎ合わせて作った訳が、こんな感じかな。
棘は気にしないで、バラを摘みなさい
お前は探しているが、苦しみばかり見つけている
心からそれを信じない時は、思いがけず白い霜がやってくるだろう
NAXOSのサイトに英訳があった。
https://www.naxos.com/catalogue/item.asp?item_code=8.554440-42
https://www.naxos.com/mainsite/blurbs_reviews.asp?item_code=8.554440-42&catNum=554440&filetype=About%20this%20Recording&language=English#
というか、このページはオラトリオの筋立てと全ての歌の内容を網羅している。これはCDのブックレットに記載してある内容そのもののようだ。
歌詞が英文に翻訳されているので、話の流れや歌の内容を類推することもできる。
NAXOSによる英訳と、それをGoogleで日本語翻訳したのを以下に引用。
Leave the thorn,
Pluck the rose.
You go seeking
Your own sorrow.White hoarfrost
Stealthily
Will come to you
When the heart least expects.棘を残して
バラを摘みます。
あなたはあなた自身の悲しみを求めに行きます。白い霜
こっそり
あなたに来ます
心が最も期待しないとき。
どういう意味なんだろうね、、、
オラトリオ「時と真理の勝利」は、美(Bellezza = Beauty)、快楽(Piacere = Pleasure)、時(Tempo = Time)、悟り(Disinganno = Disillusion)というキャラクター達が、誰が一番価値があるのか競うという寓話。最後は美が悔い改めて時と悟りが優位に立つ(こんなん書いても、わけがわからんね)。
このエントリーで記載していることって、Googleの翻訳機能を駆使して調べたことだ。翻訳機能、すごいね。このCDを入手した当時はCDブックレットの英文を読み込む根気もなかったから、こういうことが全く分からなかった。実は今回、初めてオラトリオのあらすじを知った。
Lascia la spina を歌うキャラクターは「快楽」だ。
どんな場面で歌っているかというと、共にいた「美」が悔い改めて「時」と「悟り」のもとに行こうとする場面で。
最終的に快楽は、偽りを糧にしか生きられないと歌いフェイドアウトする。
つまり「Lascia la spina」はこのオラトリオ的には不道徳な歌なのだ。
終盤、悔い改めた「美」が「E mentre io getto i fior, dammi le spine.」と歌うシーンがある。訳は「And while I cast aside the flowers, give me the thorns.」「そして、私が花を脇に投げている間に棘をください」。
改心しない快楽が歌うのが「棘を避けてバラを摘みなさい」という歌で、これに対し改心した美は「花を脇に投げて棘をください」と歌うわけだ。
なるほど、オラトリオのテーマ的に、Lascia la spina は観客に聞き流されたら困る内容を含んでる曲なんだね。これが心に刺さるほど、後で美が改心して歌う内容に気付きやすいかな。
聖書にはパウロの体に刺さった棘について記載があるそうだ。コリント人への第二の手紙 12:7 「そこで、高慢にならないように、わたしの肉体に一つの棘が与えられた。それは、高慢にならないように、わたしを打つサタンの使なのである」。これが「spina」なのかどうかは、突っ込んで調べてないので分からないけど。
しかし、僕みたいに「Lascia la spina」以外は退屈、などと言う不道徳な観客は、下手したら棘を避けてバラを摘みなさいというメッセージだけ受け取って帰宅するなどという事態になるのではないか。それはヘンデルの本意なのかどうか、どうなんだろう。
2021.04.13. 追記。
書き忘れていたんだけど、このオラトリオには「Lascia la spina」が2箇所にある。
NAXOSのデータベースから参考に引用。
ヘンデル:オラトリオ「時と真理の勝利」(ユンゲ・カントライ/フランクフルト・バロック管/マルティーニ)
https://ml.naxos.jp/album/8.554440-42Disc 3
1. Part lll: Sinfonia: Andante, Da Capo.
2. Part lll: Recitative: Presso la Reggia ove ‘l Piacere risiede (Bellezza, Disinganno)
3. Part lll: Aria: Lascia la Spina (Piacere)
4. Part lll: Sarabande - Improvisation for Two Harpsichords (Almira, Hamburg 1704, HWV 1/4)
5. Part lll: Aria - Sarabande (II Trionfo del Tempo e del Disinganno, Rome 1707, HWV 46a/23), (Piacere)
(以下略)
CD3枚目の3曲目に「Lascia la Spina」があるが、これは同名異曲でメロディが全く違っていて、すごく軽薄な曲調だ。
5曲目の「Aria - Sarabande」が、このエントリーで取り上げた曲。歌詞は3曲目と同じだ。
曲だけ変えて、同じ歌詞を殆ど続けるように、同じキャラクター「快楽」が歌うのは含意があるんだろうけど、ここでは深入りしないでおく。
2023.10.08. 追記。
上記、同じ歌詞で違う曲が、ということだけど、
これは3曲目の「Lascia la Spina」が、「Il Trionfo del Tempo e della Verità (HWV 46b)」、つまり、このCDで取り上げた、ヘンデルによる1737年の改訂改題版の曲で、5曲目は「Il Trionfo del Tempo e del Disinganno (HWV 46a)」、1707年に作られた初版で使われた「Lascia la Spina」、ということだ。
初版は「時と悟りの勝利」というタイトルだった。
改訂後、「時と真理の勝利」に改題されている。
今更、初めて気付いたので、訂正する。
たぶん、1711年初演の「リナルド」の「私を泣かせてください(Lascia ch'io pianga)」が有名になってしまったので、改訂に当たって同じ曲では良くないと思って別の曲にしたのだろう。1757年には英語版が作られているのだけど、ここでは3曲目のLascia la Spina、つまり新しい方が使われている。
この曲の歌詞を調べてみて、訳の解釈は簡単ではないと知った。
Lascia la spina, cogli la rosa; tu vai cercando il tuo dolor. Canuta brina per mano ascosa, giungera quando nol crede il cuor.
歌い始めの「Lascia」。Lascia ch'io pianga は「私を泣かせてください」と訳される。英語で「Let me cry」。名曲あるよね、Let it be、Let it go、、、
つまり、力が及ばない物事について、諦めて成り行きに任せる、という意味を含む。「泣かずにいられない私を、そっとしておいてください」というニュアンスかな。つまり、Lascia la spina は、棘について成り行き任せという解釈。棘を避けるという、人の意図が含まれるより、棘を気にしないで、つまり刺さろうがどうなろうが気にしないでバラを摘め、という意味合い。
そもそも「Cogli la rosa e lascia la spina」という諺があるそうだ。「物事はまず最良のものを目標とすべきだ」という意味とネット上にはある。
この諺の前後を入れ替えて歌詞にした意図は何だろう。聞き手の注意を引きたいというのはあろうけど、多分「棘」を強調したかったんだと思う。バラを摘みたければ棘を気にしてはいけない、ということ。
2行目は、ここまでで上がっている他のサイトの訳でも解釈が別れている。
「お前は探しているが、苦しみばかり見つけている」
「あなたはあなた自身の悲しみを求めに行きます」
上の訳だと、バラを探しているけど棘ばかり掴んでいる、という意味になる。
下の訳だと、バラを掴んだときに顧みなかった傷(棘)を探しに行く、という意味合いになる。これは現代的に過ぎるかな、、、
あちこちネット上に上がっている訳を列挙してみる。
「手元にある輝かしい霜、それは心が信じない時に来るでしょう」
「心からそれを信じない時は、思いがけず白い霜がやってくるだろう」
「白い霜 こっそり あなたに来ます 心が最も期待しないとき」
文脈を汲み取って、訳していくしかないのかな。
2行目をどう解釈するかでも、文脈が違ってくる。
白い霜は年を取ることを表すらしい。mano ascosa がわかりにくい。mano は手、ascosa は隠されているという意味らしいが?
この際、全体を我流で訳してみよう。
バラを摘むときには 棘を気にしたりしない
あなたは知ろうとする 自らの痛みの意味を
見えない手が白い霜を いつしか知らぬ間に
あなたのもとに 心が何も信じられなくなったとき
実はこれは、いろいろ調べる前に考えた訳詞。
この歌を「快楽」が歌っていると気付かず、オラトリオのストーリーも知らないままに訳したら、こんな感じになった。だから、若さとか年を取ることとかオラトリオのテーマなんだけど、そういう含意への配慮もない。
だから、かなり現代的だと思う。2行目も現代的な解釈を選んでいる。
今回、いろいろ調べるうちに、それではオラトリオのストーリーと合わないと分かった。
筋立てに沿った訳にしてみよう、、、
棘には触れずに バラを摘みなさい
探しても 見つかるのは苦しみばかり
見えない手が白い霜を いつしか知らぬ間に
あなたのもとに 心が夢みることを止める頃に
2行目を筋立てに沿って「快楽」が歌うのに似つかわしい感じに。合わせて4行目の表現も変えてみた。NAXOSの訳詞で使われている「expect」は「期待する」という意味なんだけど、かなり意訳してる。
「快楽」から「美」を奪う「悟り」はDisinganno = Disillusion、訳すと「幻滅」。ひどい訳語だけど、幻想を捨てるという意味。「快楽」は偽りを糧にして生きるキャラクターなので、幻想を捨ててはいけないんだね。「目に付くバラを摘んでいればいい、探そうとしても見つかるのは苦しみばかり。気付いたら霜で凍りついて(年取って白髪になって)夢みることもなくなっている」という感じかな。
なるほど、こんな辛気臭い歌はヒットしないだろうな。
たぶんヘンデルは惜しいと思ってリナルドで使ったのだろう。
しかし時代が変わって現代となっては、独立した歌として歌われるほうが一般的になっているようで、歌詞の解釈はオラトリオの筋立てに縛られなくなっている。もともと意味不明で多様な解釈を許すようなので、むしろ昔よりも時節を選ばずに歌われやすくなっていると思う。
こういうのは時の勝利なのだろうか。
いろいろと書いたけど、果たして実際に訳詞として成立してるかどうかが分からない。
そういう意味ではエントリーにしていいものかどうか迷ったんだけど、資料のメモとしてアップすることにした。
どこかに書いておかないと、ネット上のどこに何が書いてあったか忘れてしまう。これも時の勝利なのか、、、

